こう曇りや雨の日が続くと
日記に書こうと思うことが
ことごとくツマらないことに思えてくる。
気づかないうちに、気持ちが落ちてるな、これは。
こういうときはコレだ↓。
苦しいときは誰にでもあるもの。
メジャーに行く前後のイチローと松井の言葉。
そして仕上げにコレ↓。
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日記に書こうと思うことが
ことごとくツマらないことに思えてくる。
気づかないうちに、気持ちが落ちてるな、これは。
こういうときはコレだ↓。
苦しいときは誰にでもあるもの。
メジャーに行く前後のイチローと松井の言葉。
そして仕上げにコレ↓。
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http://st.sakura.ne.jp/~iyukari/index.html
見てみてください、最近教えてもらった星占いのページ。
自分は7/31生まれということで、
獅子座の2009年を見ると、
何かが起こりそうな気配。
獅子座に限らず、2009年というのは
これまでの10年間が終わって、
次の10年に入る、節目の年ということで、
あとあと語られるんじゃないか、
そんな気がしてます。
音楽も、
この10年注目されてきたものが
なんだかマンネリに見えてきて、
この10年おとなしかったものが、
今また新鮮に見える。
90年代がリバイバルするとは全く思わないし、
そういう繰り返し、ということではなく、
10年溜めていた力が爆発するような感覚だ。
どういう形で何が起こるのか。
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ようやく買い替え。
Powerbook G4、5年間ありがとう。
僕含め、おそらく名古屋から大阪あたり出身の
人間は、基本、値切り魔です。
もちろん佐渡島にも電気屋で値切るのが好きな人は
いると思うが、皆が皆ってことはないだろう。
江戸が金貨、大阪が銀貨、
江戸時代のこの違いが大きいんじゃないか、
という話を聞いたことがある。
銀貨は金貨よりも細かい単位なので、
金貨ではムリな「ちょっとマケる」ことが物理的に可能だった、
という話だ。
あと、店員さんとの短いやりとりをも楽しみたい、というのが
自分にはちょっとある。
同じ店の同じ売り場でも、
スパッと限界値を言う店員さんもいれば、
ネチネチと1,000円ずつしか下げない店員さんもいる。
ということでスパッと下げてくれそうな、
40代そこそこの、オタクっぽくない、
声がデカくてイキのいい、自分の判断で
値下げできる立場の、中肉で目がきれいながんばり屋の、
男の店員さんを探して声をかける。
時間やお金に余裕があるときはそれでいい。
そうではなく、お金がない、でも今コレがないと困る、
というときの実戦的な方法もある。
楽器なんかは仕事で急にコレがいる、なんてこともしばしば。
そんなときはまず、それを今日すぐ欲しい、
という物欲を捨てることから始める。
つまり、「今日は欲しくないオーラ」をまとって店に入る。
欲しくてたまらない、という人は店員さんから見ると
「やりやすい相手」である。
まあ別に欲しくないんだけど、という人、
これに買わせるのは手ごわい。
かなり値が下がって当たり前、という信念、
希望の値段を聞かれても自分からは言わず、
そして時間帯は閉店間際。
商品にもよるが、これを守れば黙っていてもある程度は値が下がる。
そこからどんな会話で持っていくかは、
その都度ちがうので書きようがない。
このあたりは皆さんそれぞれいろんなノウハウが
おありだろう。
に「このギターいくらスか?」
店「書いてあるとおり42万だよ」
に「イヤ、なんも書いてないな〜」
店「38万。」
に「28万て書いてあるように見えるんスけど」
店「36万でいっぱいいっぱい。」
というジャブをかわしたり。
いずれにせよお金を使う側の方がラクで楽しいに決まっている。
この店員さんがお金払って僕の演奏を聞きにきたら、
と想像したときの、売り手と買い手の立場の逆転っぷりたるや。
店「なかなかよかったよ。」
に「ありがとうございます!」
ぼくのこの値切り感覚は、今までギターなどを買うときに、
店員さんと遊びながらも格闘してきたささやかな歴史の積み重ねである。
しかしウチの母のように、ドスのきいた
「もっとマケや〜」のひと声でがばっと下がる、
その境地にはまだまだ遠い。
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さかのぼることを思いついたのは、
この1年くらいです。
最近2ヶ月のうちに、
中央線で1回、小田急で1回、
席に座ったら向かいがゾマホン。
CDプレス屋さんに行けばなぜかアフリカショップが入っていて、
ティディニという楽器に出会ったり。
こんなバンドを教えてもらったり。
ほかにも書ききれないくらい、
アフリカに出くわすことが多い最近です。
今のポピュラー音楽から、あまりにも遠い音楽だもんだから、
日本人はアフリカ系の土着音楽を聞いてもピンとこないのかも。
ヨーロッパ行くとあんがいアフリカ系のコンサートも多くて、
スイスの田舎町ではサリフ・ケイタが来てたというポスターを見た。
そしてアフリカの音楽、根っこは実はとても日本に「近い」。
この歌、エチオピアですよ^^。
江戸時代がそのまんま続いてたら
今の日本の音楽シーンはどうなってたんだろう?
ティディニという弦楽器、これ、
調弦するペグみたいなものすらなくて、
まさに、箱と、棹に、弦を張りました、というだけの、
超簡単なもの。
その時代の文化や宗教、人間の「便利」に合わせるように
楽器も変化、進化してます。
つまり、シンセという鍵盤楽器になる、
その前にピアノという楽器があり、
その前にチェンバロという楽器があり、
その前にダルシマーという楽器があり、
その前にハープという楽器があり・・・。
もっと大きな音を、もっと精密に、もっと便利に、
そして僕たちの宗教音楽を奏でやすいように、
という進化は楽器本体も変化させてきました。
これはものすごく変に思われるかもしれない考えですが、
「もっと大きな音を、もっと精密に、もっと便利に」
という、近代化が得意な「もっと」を
いちど楽器本体からとっぱらって、
そこに残る「音」だけを確認したい、と
どうやら自分は思っているみたいです。
これまで新しい楽器を生み出して来た職人さんでも、
もっと大きな音を、というときに、
まあ音色の味わいは犠牲になるけどね、
ボディを木から鉄にしましょうか、
というような部分があったんじゃないか。
ならばそれをさかのぼって、
近代化の枝を、一度木の幹まで戻って、
そこから新しい枝を生やしたらいいんじゃないか、
というイメージです。
ギターにいろんな物をつけ加える前に、
ティディニに戻ってみる、というのも
面白いんじゃないか、っていうのはそこから来てます。
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つつしんでご冥福を、だ。
それにしても、CDを何億枚も売った才人は、
もっと幸せであって欲しかった、
というのが個人的な気持ちだ。
ひとりの音楽好きな黒人のおじさんが
世界中の金の亡者、魑魅魍魎と距離を保って
幸せに暮らすには、
あまりに著作権収入が多すぎたし、
テレビで顔を知られすぎたし、
なにもかも、too big だった。
権利ビジネスと、マスメディアの
恩恵と害悪をモロに受けた。
それが20世紀が生んだシステムというものであって、
音楽家も否応無しにそこに組み込まれて来た。
インタビューされた誰かが、
「こうやって聞くと、すごく良い歌だったんですね」
と、バーでかかるマイケルの曲を聴いて
答えていた。
「こうやって」というのはすなわち、
メディアに醜聞を書かれたり、
プロモーション映像が電波に乗っかった状態で
告知される「マイケル」じゃなく、
「ひとりの歌と踊りがうまいおじさん」として聞くと、
ということだろうと思う。
音楽家が死ぬと、
「ひとりの歌と踊りがうまいおじさん」として
ようやくみんなが見てくれる。
では生前にみんなが見ていた
「マイケル」とはいったい何だったのか。
はるかアジア、日本の僕が、
生で見たことも聞いたことも無い黒人のおじさんのことを
メディアで「また聞き」しただけなのに、
こうやって色々思って書くこと自体、
すごく不自然なことなんじゃないかと思える。
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実はいちばん美味しい、という話が
あると思います。
こんなもんお客さまにお出しできるような
お上品な料理じゃないし、
ってことで、厨房でコソコソ料理人が
食べているものを、常連客が
「ウマそうだね、それ頂戴。」って
いうところからヒットメニューが生まれました、
なんて話。
もうこれは音楽の現場でもよくあることで、
こんな録音テイク、ミスもあるしCDにゃできん、
と製作側が思い込んでいる物に限って、
いい味が出てるものがあったりする。
そのまんまでも十分いいし、
それをほんのちょっと手直ししても
いいのが出来るよ、と。
こんな変な曲、人様にお聞かせできんだろう、
と思い込んでいた曲も、実際に人前で歌うと、
確かに「なんだコレ」って半笑いなんですが、
お前はそういう奴なんだな、良かったよ、と
受け入れてもらえることが大半だ。
絵とか写真とかもきっとそうで、
出しちまおう、って思ったトコが
スタートラインだ。
こういう「まかない飯を出すのが怖い症」
はおそらく男子に多い。
まわりの男子から、ヘンな奴、って思われることが
イジメの恐怖につながって、
「ヘンな奴」って思われないように、
普通や、普通+αをチョイスし続けて来た。
ファッションでも、音楽でも。
で、自分自身も、普通じゃない奴を見つけて
「ヘンなのー」って小バカにするという。
日本が保守的になったってまわりで最近よく言われるけど、
社会全体が、普通じゃない奴を見つけては
「ヘンなのー」って小バカにする風潮があるとしたら、
こりゃちょっと、「楽しい進化」も邪魔しちゃってるでしょう。
「ヘンなのー」の連帯感で、
「楽しい進化」をつぶすモノ作り、見かけませんか。
そういうわけで、まずは自分のまかない飯を出しちまおう、というのが
最近モノを作るときに頭の片隅に置いておくことです。
自分がこっぱずかしい、というのがそのサインになってる。
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ファトゥマという女の子がやっているお店。
CDリリースのためいつものCDプレス屋さん@横浜へ行ったら、
店の半分がアフリカのアクセ屋さんぽくなっていて、
最初分かんなくてお店の前を通り過ぎてしまった。
お店に入って久々にプレス屋S氏と話していて
ようやく話が分かって来ました。
アフリカのモーリタニア大使館の関係で、トゥアレグ族の
文化を紹介するってことで、
6歳から日本に住んでいるファトゥマさんが
店長としてここに入っているらしい。
なぜ同一店舗なのかはよく分からなかった。
で、プレス屋S氏も何かと趣味が濃くて、
ンゴニという楽器などいろいろ自作されていて、
つい昨日新しいアフリカの楽器を作ったばかり、とのことでした。
店内で皮をなめすところから、です。
うむ、濃いです。
打ち合わせ中にファトゥマが出してくれたミントティー、
アッタイというそうだがコレがヤバかった。
ガラスの小さなおちょこに、
おそらく角砂糖2個は入っているであろう甘さ。
でも甘いのは好きなんで良かったんですが、
打ち合わせ後店を出てから次第に気分がハイになってきて、
帰りの電車ではさらにそわそわ落ち着かなくなり、
家に着く頃には心拍数が上がってるのが
はっきり分かる、おそらく超高濃度のカフェインと
その他いろいろ、でしょう。
ライブ前とか飲むと良さそうです。
ンゴニをちょっと弾かせてもらって、
ファトゥマにおだてられながらの
謎の打ち合わせでした。
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